スタジアムの外で、男たちは黙ってStone Islandのジャケットの襟を立て、Adidas Sambaのかかとで地面を鳴らす。チームカラーも、クラブロゴも、そこにはない。ただあるのは、服装で示す“仲間”というしるし。彼らはカジュアルズ。
単なるサッカーファンの集団ではない。一見すると、英国のサッカー文化に根ざした暴力的なファングループに見えるかもしれない。しかし、暴力の陰に隠れたスタイルと哲学を持つ集団だった。彼らが築いたカルチャーは、単なるスタジアムの騒乱にとどまらず、ファッション、音楽、都市文化にまで波及し、今や世界中のストリートスタイルの礎となっている。
この記事では、そんなカジュアルズの誕生と発展、チームごとのスタイルの違い、ファッションとの結びつき、そして現代における残響までを丁寧に解き明かしていく。
カジュアルズとは
サッカーとファッションの交差点
「カジュアルズ(Casuals)」とは、1970年代末から1980年代のイングランドで誕生したサッカー文化と密接に結びついたサブカルチャーである。彼らは試合を観戦するだけの存在ではなく、特定のブランドを身にまとい、ファッションによって自らの帰属意識とアイデンティティを表現していた。
特徴的なのは、彼らがサッカークラブのユニフォームやスカーフといった“目立つ”サポーター装備をあえて避け、代わりにStone IslandやCP Company、Lacoste、Adidasといった高級スポーツカジュアルブランドを取り入れていた点だ。これは単なるおしゃれではなく、警察やライバルチームの視線をかわすための戦術でもあり、やがてそれは“スタイルとしての暴力性”という新たな文脈を生み出す。

フーリガンとの違い:暴力とスタイルの分岐
カジュアルズはしばしば「フーリガン」と混同されがちだが、その本質は異なる。確かに一部には暴力的な要素も存在したが、彼らの主たる関心はファッションと“クルー”としての一体感にあり、そこには階級意識や地域的プライドも色濃く反映されていた。
やがてこのカルチャーはイングランド国内にとどまらず、ヨーロッパ全土、さらには音楽・ストリートカルチャーへと波及していく。今日でもそのスタイルは多くのブランドやミュージシャン、アーティストに引用され続けており、カジュアルズは決して過去の文化ではなく、今なお進化を続ける生きたレガシーとなっている。

カジュアルズの歴史:70年代後半〜90年代
1970年代後半:ヨーロッパ遠征とファッションの目覚め
1977年のリヴァプールFCによるヨーロピアン・カップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)遠征は、カジュアルズ文化誕生の重要な契機となった。この遠征中、リヴァプールのサポーターたちはパリ、ミラノ、アムステルダムといった都市のブティックやスポーツショップで、当時英国ではほとんど知られていなかった高級スポーツブランド――Sergio Tacchini、Fila、Ellesse、Lacosteなど――を発見する。それらを「戦利品」として持ち帰った彼らは、ホームスタジアムのアンフィールドでそのファッションを披露した。
これはカジュアルズ・スタイルの胎動ともいえる現象だった。特に注目すべきは、目立たない服装でスタジアムに入り、警察の目を欺くという機能性も含んでいたこと。暴力的な行為に関与する場合でも、目立つクラブカラーを避け、あえて洗練された服装を選ぶという逆説的な戦略が背景にあった。

1980年代:イングランド全土への拡大
このファッション文化は瞬く間にイングランド各地のサッカークラブに広まり、クラブごとの“服装コード”が自然と生まれていく。マンチェスター・ユナイテッドはCP CompanyのGoggleジャケットやBurberryのトレンチ、Levi’s 501のデニムなど、無骨で都会的なスタイルを追求。一方でロンドンのクラブ、特にチェルシーのファンはAquascutumのチェックコートやPringleのニットといった、より洗練された英国伝統ブランドを好む傾向にあった。
この時代にはサブカルチャーとして完全に確立され、各クラブにおける「クルー文化」が根付きはじめ、組織的なサポーター集団が発生。ICF(Inter City Firm/ウェストハム)、The Headhunters(チェルシー)、Red Army(ユナイテッド)、Urchins(エヴァートン)など、地域によって特有のスタイルと振る舞いを持つ「カジュアルズ」が生まれた。
1980年代後半:Stone Islandとサブカルチャーの確立
1982年にイタリアで設立されたStone Islandがカジュアルズたちの間で人気を博すようになると、彼らのスタイルはさらに“強烈”なものへと変貌する。Stone Islandのコンパスパッチは、いわばカジュアルズにとっての“紋章”となり、その価値はファッション性だけでなく仲間意識や階級意識を表す象徴ともなった。
この頃にはファッション誌にも取り上げられるようになり、カジュアルズはただのフーリガンではなく、スタイルを持つ反体制派としてサブカルチャーに根を張りはじめていた。(Stone islandのオンラインショップへ)
1990年代:警察の締め付けと“文化”としての継承
1990年代に入ると、CCTVの導入や厳格なスタジアム警備体制により、暴力的行為は減少していく。しかし、それに代わるようにして、カジュアルズは「ファッション文化」としての色を強めていく。テレビや雑誌でもStone IslandやLacosteがサッカー由来のブランドとして特集されるようになり、カジュアルズのスタイルはサッカーを超えて音楽やストリートカルチャーに影響を与える存在へと昇華していった。
特にOasisのリアム・ギャラガーのようなミュージシャンたちがカジュアルズファッションを取り入れたことで、メインストリーム化が進んだ。

チームごとのカジュアルズ文化の違い
リヴァプール(The Scallies)
ヨーロッパ遠征でファッションを学び取り入れた先駆者。そんなカジュアルズ文化の原点ともいえるリヴァプールは、“Scouse”と呼ばれる地元気質とイタリア志向の美意識が融合したスタイルを持つ。Adidasのトラックスーツ、Lacosteのポロ、Gabicciのニットなどが定番。階級的には労働者階級の中でも比較的ファッショナブルな層に支えられており、「先を行く感覚」が彼らの誇りだった。
マンチェスター・ユナイテッド(The Red Army)
アグレッシブかつ実用主義的。Stone Island、CP Company、Burberryなどを好み、「無骨だけど高級」という絶妙なバランスを体現。ファッションに強いこだわりを持つ一方で、暴力的な面を持つRed Armyは、最も“恐れられた”カジュアルズの一つでもあった。
チェルシー(Headhunters)
チェルシーはロンドンらしく、どこか洗練された雰囲気を持つ。特にBurberryやAquascutumなどのクラシックな英国ブランドと、Fred PerryやLyle & Scottといったモッズ寄りのアイテムを巧みにミックス。Headhuntersは組織力に優れ、ファッションで他クラブを“格下”と見なす傾向もあった。
ウェストハム・ユナイテッド(Inter City Firm)
ICFは暴力的な要素が強く、カジュアルズとフーリガンの線引きが難しい存在。ファッションにも敏感で、Stone IslandやFilaのジャケット、Nike Air Maxなど、運動性能と威圧感を両立したアイテムを好む。ICFの服装は、対峙する敵を“威圧する道具”でもあった。そんな彼らのStone Island着用率はイングランド随一とも言われる。
レンジャーズ/セルティック(スコットランド)
スコットランドのカジュアルズは、宗教や政治の文脈が強く、ユニフォームの色をあえて避けることで中立性を保ちつつ、自らの“クルー”のアイデンティティを示す必要があった。Fred PerryやBarbour、Berghausなど、英国北部らしい実用性の高いブランドが支持された。
カジュアルズとファッション:ブランド一覧と意味
カジュアルズが支持したブランドには、単なる見た目以上の意味が込められていた。
- Stone Island:階級意識と武骨さを象徴するブランド。高価であるため、ステータスシンボルにもなった。
- CP Company:機能性と未来的デザインで一部のコア層に絶大な支持。
- Adidas:スニーカー文化の礎。特にSambaやGazelleはアイコン。
- Lacoste:ポロシャツの代名詞。フレンチブランドを取り入れることで“ヨーロッパ通”を演出。
- Burberry/Aquascutum:トラッド系ブランドだが、カジュアルズによって“反体制の象徴”として着崩される。


現代におけるカジュアルズの存在
SNS時代に入り、かつてのような暴力的な集団行動は鳴りを潜めた。しかし、カジュアルズスタイルそのものは、ストリートファッションやスポーツブランドの潮流に確実に影響を与えている。現代のブランドコラボ(例:Stone Island × Supreme、Adidas × Spezialなど)にも、その遺伝子は受け継がれている。
また、Netflixなどの配信プラットフォームによって、この文化は世界的にも知られるようになり、日本においてもセレクトショップを中心に再評価の流れが起きている。

カジュアルズに関連するおすすめ映画
『The Firm(2009)』
ニック・ラブ監督によるリメイク版は、1980年代のロンドンを舞台にカジュアルズスタイルとクルーの関係性を描写する。主演のポール・アンダーソンは、Stone IslandやAdidas Spezialを着こなし、当時のファッションを忠実に再現。劇中の音楽もニュー・ウェーブやソウルが中心で、文化的背景も理解しやすい。
『Green Street Hooligans(2005)』
イライジャ・ウッドが演じる主人公がロンドン留学中に“サッカー文化の闇”に引きずり込まれる。West Ham UnitedのICFをモデルにしたクルーが登場し、暴力と忠誠心、仲間意識が描かれる。ファッションよりも人間関係や心理描写に重点があるが、カジュアルズ文化の入り口としては非常にわかりやすい。
『Awaydays(2009)』
80年代末の架空クラブ「トレンビー・ユナイテッド」を舞台にした青春映画。Adidas SambaやFred Perryなど、当時のファッションを忠実に再現しており、音楽と共にカジュアルズの“哀愁”を描いた一作。暴力ではなく、スタイルとアイデンティティの探求を軸にしている点で異色作。
『ID(1995)』
警察官がフーリガン組織に潜入し、次第にその文化に染まっていくというサイコロジカル・スリラー。カジュアルズの精神構造を掘り下げた作品で、「なぜ彼らは暴力に惹かれるのか」「なぜファッションにこだわるのか」という深い問いを投げかける。
まとめ
カジュアルズが築いたファッションの審美眼、集団心理、そしてストリートスタイルへの影響は、今なお色濃く残っている。現代のストーンアイランドやアディダスの人気も、その延長線上にあることを考えれば、カジュアルズは今もなおサッカーとファッションの“橋渡し”であり続けている。

